炙甘草湯
今回は、64番の炙甘草湯(しゃかんぞうとう)です。
体力が衰えて、疲れやすい方の動悸や息切れなどの症状に使用されるお薬です。
全部で9種類の生薬で構成されています。
桂枝(けいし)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、炙甘草(しゃかんぞう)は、感冒などの処方される桂枝湯(45番)から、芍薬(しゃくやく)を除いた形になっています。
芍薬がないため、腹痛を抑える働きは少なくなるものの、からだをゆるやかに温め、胃腸を守るはたらきがベースにあることは間違いありません。
炙甘草は、甘草を火で炙った生薬で、甘草より気を補う作用が強いとされています。
また、低カリウム血症などの原因となる成分であるグリチルリチンが分解され、副作用の発症が生じにくくなるとも言われています。
その他の生薬の地黄(じおう)、麦門冬(ばくもんどう)、麻子仁(ましにん)、阿膠(あきょう)、人参(にんじん)は、いずれもからだを潤す性質がある生薬です。
さらにそれぞれ以下のような特徴が加わります。
地黄:血を補う
麦門冬:気道や肺の渇きを潤す
麻子仁:消化管を潤し、便通を改善させる
阿膠:鎮静作用、止血作用がある
人参:気力、体力を補う
このように、からだを潤しながら、体力や気力を補い、貧血も改善するため、熱がこもって汗をかきやすく、脱水気味で動悸や息切れがするような場合にぴったりのお薬です。
バセドウ病の甲状腺機能亢進による動悸の治療にも応用されます。
ただし、地黄や麻子仁が含まれるので、下痢がある場合は、使いずらい欠点があります。
阿膠は、ロバ(ウマの仲間)の毛を取り去った皮や腱を水で煮てできた「にかわ」を乾燥して作った生薬です。
中国の東阿県という所で作ったものが有名なので、阿膠という名前になっています。
血液を補う作用や止血作用があり、月経不順の解消や美容効果があるとされ、楊貴妃や西太后も愛用したと伝えられています。
人気があり、かなり高価な生薬ですので、日本では豚などの哺乳類の皮や骨から作ったゼラチンで代用しています。
いずれにしてもコラーゲンやアミノ酸などが多く含まれています。
止血効果があるので、血尿を伴う尿管結石や膀胱炎の時に処方される猪苓湯(40番)にも含まれています。
猪苓湯は当ブログでも解説済みですので、こちらをご覧ください。
⇒ https://miyacli.jp/%e7%8c%aa%e8%8b%93%e6%b9%af
ロバの皮から作った阿膠を得るために、世界的にロバの数が減少しているという記事がありました。
⇒ https://www.jiji.com/jc/article?k=20220704043196a&g=afp
漢方では、植物や動物、鉱石など自然に存在するものから生薬を作って使用します。
化学工場の中で精製する西洋薬とは、根本的に違うところです。
生薬は栽培や飼育によって確保するわけですが、何らかの事情で供給が途絶えることもあり得ます。
貴重な生薬を無駄にしないためには、必要な方に、必要な時に処方する事を心掛けなければなりません。
そのためにも、漢方薬の特徴を深く理解する必要があると思います。
参考:活用自在の処方解説 秋葉哲生著
漢方診療のレッスン 花輪壽彦著
漢方診療ハンドブック 桑木崇秀著
Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬 浅岡俊之著
よくわかる漢方処方の服薬指導 雨谷栄・糸数七重著