木防已湯
勤務医時代は、救命救急部にも所属していましたので、心不全で搬送される患者さんを何人も診ていました。
急性の心不全は、息切れや動悸などの症状がに悪化し、急速に呼吸困難になります。
起坐呼吸といって、水平に寝ているよりも、座って前屈みになる姿勢の方が楽になる特徴があります。
これは、起坐位の方が、心臓に戻ってくる血流が少なくなり心臓の負担が軽くなるためです。
頸静脈は大きく膨らみ、足や顔面のむくみもみられます。
末梢の血液循環が悪くなるので手足は冷たくなります。
交換神経は高まり、からだはガチガチに緊張して、肩や横隔膜を大きく動かし、必死に呼吸をしようとします。
現代医療の治療では、利尿剤を点滴から投与したり、心臓の動きを助ける強心剤を使用します。
重症の心不全では、人工心肺装置を使う事もあります。
昔、漢方薬しかない時代では、重症の心不全はお手上げだったでしょう。
しかし医師たちは、少しでも状態を良くできる生薬の組み合わせはないかと研究を重ねたに違いありません。
そこで生まれた漢方薬の一つが、36番の木防已湯(もくぼういとう)です。
木防已湯は、石膏(せっこう)、防已(ぼうい)、桂皮(けいひ)、人参(にんじん)の4種類の生薬からなります。
石膏は、熱や炎症を冷ます効果があり、利尿作用もあります。
防已は、からだのむくみをとる生薬です。
桂皮は、末梢循環を改善し、からだの表面を温める働きがあります。
人参は、激しい呼吸によって消耗された体力を補います。
桂皮や人参などのからだを温め、体力をおぎなう生薬も入っていますが、石膏が多く含まれていますので、木防已湯は全体としてからだを冷やす漢方薬です。
急性期の心不全で生命の危険にさらされ、交感神経が高まっている状態には適しますが、状態が落ち着いてからだが冷えてきた時に漫然と続けるのは注意しなければなりません。
また、西洋医学の発達した現在では、急性期の心不全治療において漢方薬は補助的な役割に過ぎない事は言うまでもありません。
参考:活用自在の処方解説 秋葉哲生著
Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬 浅岡俊之著
漢方診療のレッスン 花輪壽彦著